「口腔(こうくう)がん」について
●はじめに
私はがんセンターで働く歯科医師です。
私のいつもの仕事は、がん患者さんに起こる「お口の困りごと」を解決することです。がん患者さんには、治療中はもちろん、治療を乗り越えた後も、様々なお口の困りごと(副作用や後遺障害)が起こることがよくあるからです。
さて、そんな私に今回与えられたテーマは、少し趣向が変わって「お口とがん予防」というものです。このテーマを与えて下さった中見さんからは、がんの2次予防(早期にがんをみつけ、迅速に治療することで、しっかりとがんを治す)のみならず、1次予防(がんにならない、がんを未然に防ぐ)に注力したい、医学的に論拠のあるがん予防の手立てを明らかにし、できることをしっかり行っていきたいという強い思いを頂きました。
がんの原因は完全には解明されておらず、また1つの原因だけで起きるものではありません。その点では生活習慣の改善「だけ」で完全に予防できるものではないでしょう。しかしがんには生活習慣や環境要因によって引き起こされるものがあることも明らかになっており、それらの生活習慣や環境要因に対して適切な対策や予防を行うことによって、がんのリスクを減らし、新たながん患者さんを抑制することが可能になると考えられています。
●がんを防ぐための新12か条から
がん予防に関しては、国立がん研究センターがん予防・検診研究センターがまとめた「がんを防ぐための新12か条」が、がん研究振興財団から公開されています。 この新12か条は日本人を対象とした疫学調査や、現時点で妥当な研究方法で明らかとされている証拠を元にまとめられたもので、とても医学的論拠の高いものだといえます(詳細は、ぜひがん研究振興財団のホームページを参照してくださいhttp://www.fpcr.or.jp/pamphlet.html)。
その中を見てみますと、お口に大きく関係する項目があります。「バランスのとれた食生活を」と、「ウイルスや細菌の感染予防と治療」という2つの項目です。なぜお口と関係が深いかといいますと、バランスのとれた食事、言い換えればバラエティに富んだ豊かな食生活のためはお口の環境が大事であり、またお口はとても細菌が多い場所で、このお口の常在菌をしっかり管理・制御しないと、全身にも色々な悪影響を及ぼすことが知られているからです。
さて、「食事」と「感染」をキーワードに、お口からがんの予防に貢献できるのか、それに関して現在の医学的な証拠だて、報告はどのようなものがあるか、詳細は次回以降のコラムでしっかり述べさせていただくこととし、第一回である今回は「お口とがん予防」にもっとも関連が深く、医学的な証拠だてが多いことについてお話させていただきます。
それは「口腔(こうくう)がん」です。
●口腔がん
口腔がんとは,口腔に発生するがんの総称で、最も多いのは舌にできる舌がんです。最近では有名な芸能人の方がステージ4の舌がんに罹患され、無事に治療を乗り越えられたことで、ご存知の方もいらっしゃるのではないかと思います。口腔がんは他の部位のがんと比べて発生頻度は高くはないものの、その患者数や死亡者数は近年増加傾向にあり、本邦では口腔がんになる人が30年前の約3倍になっていると報告されています。留意すべきがんの一つです。
口腔がんの原因の一つとして、お口の粘膜に対する慢性の刺激と、慢性炎症の存在が挙げられています。合わない義歯を調整せずそのまま使用していたり、歯の尖った部分(むし歯や、被せ物が外れたままの状態の歯など)や、傾斜した歯が粘膜に擦れているなどの状況が口腔粘膜への慢性の刺激になり発がんをもたらす、あるいは歯周病などの口腔の慢性炎症を放置することにより、炎症性サイトカインや炎症性細胞の浸潤が発がんに関与すると考えられるからです。
愛知がんセンター研究所の免疫予防部の研究グループは、歯磨きの習慣と発がんの関連に着目した調査研究を行い、毎日2回以上歯を磨く人は、口腔がんや食道がんのリスクが低下するという調査報告をだしました。1日1回歯磨きする人を基準にすると、1日2回歯磨きをする人は口腔がん発症のリスクが3割低く、歯磨きを1回もしない人は1.8倍リスクが高まることが分かりました。発がん性物質のひとつアセトアルデヒド(ACH)は口腔がん、食道がん、消化器がんの発症に関連することが指摘されており、一部の口腔細菌はACHを産生しています。口の中を清潔に保つことで、ACHをつくり出す細菌が除去されることが原因の一つと考えられています。
口腔内環境の改善は口腔がんの予防に有効です。放置している虫歯や歯周病はありませんか?合わない義歯を使っていませんか? お口の清掃はしっかり行き届いていますか? かかりつけ歯科をもち、定期的にお口のケアやチェックを行いましょう。これは歯のためだけでなく、全身の健康にも寄与できるのです。