食事の大切さ
●食事と健康
「人の身体は、食べたもので作られる」という言葉があります。この言葉の出典を渉猟しますと、どうやらドイツの哲学者ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハの(人間とは、その人の食べたものである)に帰するようです。同様の言葉は “ You are what you eat ”(あなたはあなたの食べたものからできている)と英語の諺にもあり、やはり人類にとって「何を食べるか」は非常に重要なことで、この思想は普遍的なものなのでしょう。
食事と健康は切っても切り離せないものです。健康のため、がんにならないために摂るべき食事、あるいは避けるべき食事について考えることは当然のことと思いますし、また実際がん治療中であっても、患者さんからがん治療のため、これからのために「どのような食事をすればよいのか、また何を避けるべきか」という質問もよく伺います。
さて「がんを防ぐための新12か条」を見ましても、
・お酒はほどほどに
・バランスのとれた食生活を
・塩辛い食品は控えめに
・野菜や果物は不足にならないように
・適切な体重維持
と、食事に関連する項目は12か条のうち5項目、半分近くをしめています。
また参考までに以前の「がんを防ぐ12か条」を見てみますと、
・バランスのとれた栄養をとる
・毎日、変化のある食生活を
・食べすぎをさけ、脂肪はひかえめに
・お酒はほどほどに
・食べ物から適量のビタミンと繊維質のものを多くとる
・塩辛いものは少なめに、あまり熱いものはさましてから
・焦げた部分はさける
・かびの生えたものに注意
と、食事に関連する項目は、なんと12か条のうち8項目を占めておりました。
がんの1次予防において食事は重要な因子です。食事と肥満の問題はがんの原因の30%を占めていると言われています。現時点のエビデンスでは「これを食べていればがんにならない」といったレベルのものはなく、食事の楽しみを捨てて無理に粗食に努めたり、高額なサプリメントや特別な食べ物に頼る必要は無いものの、食習慣の改善はがん予防につながると言って良いと思われます。
さて、「がんを防ぐための新12か条」などを参考に、現在「がん予防」として食事の面から出来ることを突き詰めてまとめてみますと、「バランスのとれた食事をとる」ということに尽きるのではないかと思います。
●バランスのとれた食事には、お口の機能が大事
「バランスのとれた食事が大事」など、聞き古された、目新しさのない当たり前の言葉に感じてしまい、がっかりされる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、だからこそ特別な栄養素や食品に飛びつく前に、当たり前の、ベースともなる「バランスのとれた食事」を最初にしっかり守ってゆく必要があると思います。
「バランスのとれた食事」、これは言い換えれば単一ではないバラエティに富んだ豊かな食生活、毎日変化のある偏りのない食生活、ということです。そしてこの食習慣を継続するには、お口の機能が非常に重要です。
近年「オーラルフレイル」という概念が注目されています。これは「お口の衰え」という意味です。噛んだり、飲み込んだり、話したりするための口腔機能が衰えることを指し、食生活に支障を及ぼしたり、滑舌が悪くなることで人や社会との関わりの減少を招いたりします。
例えば虫歯や歯周病が進んでしまい、噛めない、痛い、となると自然と食べやすい軟らかいものばかりを選ぶようになります。これが習慣となると噛むための筋肉を使わなくなり、噛む機能が低下して更に噛めなくなる、という負の連鎖を引き起こします。
いつしか食事は楽しみではなく面倒な作業になってしまい、食事そのものへの欲求・関心が薄れ、食生活が単調になって毎回ごはんと味噌汁、漬物だけの食事になったり(食の多様性の喪失)、朝食、昼食が一緒になり1日2食になるなど食事の量や回数が減ってしまいます。これはバラエティに富んだ豊かな食生活、毎日変化のある偏りのない食生活とは真逆の状態です。バランスのとれた食事のためにはお口の機能が重要である所以です。
オーラルフレイルは、栄養状態の悪化を経て、身体の衰え(身体的フレイル)につながります。ある大規模健康調査(縦断追跡コホート研究)によると、オーラルフレイルの人はそうでない人と比べ、2年以内に身体的フレイルを発症する確率が2.4倍、4年以内に死亡するリスクは約2倍と報告されています。お口のささいな衰えを甘く見てはいけないのです。
そしてオーラルフレイルは早めに気づき適切な対応をすることで改善することができます。歯周病やむし歯などで歯を失った際には適切な処置を受けることはもちろん、定期的に歯や口の健康状態をかかりつけの歯科医師に診てもらうことが非常に重要です。
お口からできるがん予防、全身の健康への後押しとして、子供のころから言われる「よく噛んで、バランスよく食べること」、当たり前すぎてつまらないことと思わず、まずはここから始めてみませんか。