COLUMN
2023.12.14

口腔細菌と発がんについて

上野尚雄
上野尚雄
国立研究開発法人
国立がん研究センター中央病院 歯科医長

感染症と発がん

前回コラムでお話させて頂いた「がんを防ぐための新12か条」には、「ウイルスや細菌の感染予防と治療」という項目があります。

がん自体は「感染」する病気ではありませんが、一部の感染症はがんのリスクを高めることが明らかになっており、感染は日本人のがんの原因の約20%を占めると推計されています。

よく知られている感染症と発がんの事例として、Helicobacter pylori による胃がんが挙げられます。他にもB型やC型の肝炎ウイルスによる肝がん、ヒトパピローマウイルスによる子宮頸がんや中咽頭がんなど、ウイルスによる感染と発がんも明らかになっています。

口腔細菌による感染症と、全身への影響

口腔内は多種・多数の細菌が常在し、複雑な細菌叢を作っています。これら口腔の常在菌は、きちんとした管理を怠ると様々な感染の源になります。お口の感染で特に問題となるのは歯周病です。これは口腔内細菌によって起こる歯の周囲の組織の感染症で、歯と歯肉の境目(歯肉溝)の清掃が行き届かないでいると、そこに多くの細菌が停滞して炎症を起こし、悪化すると歯を支える骨までが吸収されてしまい、歯が抜けてしまいます。歯周病があるということは、口の中で常に炎症が持続しているということです。歯周病菌は腫れた歯肉から簡単に血管内に侵入し全身に回ります。血中の歯周病菌は死滅しても、その死骸が持つ内毒素(細菌の細胞壁を構成する物質)は残り、様々な悪影響を及ぼします。また炎症による産生物質や、歯周病菌が産生する毒性物質も歯肉の血管から全身に入り、様々な病気を引き起こし、悪化させる原因となります。最近では、歯周病は血糖値を下げるインスリンの働きを悪くさせたり(糖尿病)、早産・低体重児出産・肥満・血管の動脈硬化(心筋梗塞・脳梗塞)にも関与するなど、お口局所の問題にとどまらず様々な全身疾患とも関連することが報告されています。

さて、前回コラムでは口腔内の衛生状態の不良(口腔細菌の増加)は、口腔がんや食道がんのリスクを上げる可能性があり、口腔衛生の改善はそれらがんの予防に貢献しうる、という報告について触れさせていただきました。では、それ以外のがんと口腔細菌の関連は何か報告されているのでしょうか。

がんと口腔内細菌

腸の中の細菌叢は、口腔の細菌叢の影響も受けていると言われています。口腔内の細菌は毎日唾液と一緒に飲み込まれます。多くは胃酸や胆汁酸の影響により腸まで届かず死んでしまうと考えられますが、一部の病原性の高い歯周病細菌は、胃酸や胆汁酸の影響をあまり受けずに腸まで届き、腸内細菌叢に悪影響を及ぼすことが示唆されています。そして腸内細菌叢の乱れが炎症性腸疾患など様々な疾患と関係すること、発がんにも関与している可能性があることが分かってきました。

実は大腸がんなどでは、発がんの原因の一つとして、歯周病菌など口腔内細菌が関わっている可能性が報告されています。歯周病の原因菌として知られ口腔内細菌 Fusobacterium nucleatumやPorphyromonas gingivalis が、大腸がんの患者さんの便中に特徴的に多数存在することが報告されており、大腸内でこれらの菌が多くなっていくと、細菌が出す代謝産物や毒素が引き金となって炎症が起こり、DNAの損傷や異常な細胞増殖が起こり大腸がんの引き金になるのでは、と考えられています。

大腸がんと腸内細菌叢、口腔内細菌との関連

国立がん研究センター中央病院を中心とした研究チームは、大腸検査を受けた616人を対象に腸内細菌と大腸がんとの関連についての調査を行い、大腸がんの発症から進行がんに至る過程に関連する腸内細菌の特徴について報告しました。

まず、ごく早期の大腸がんの段階から検出され、がんの進行とともに特異的に増える細菌として、Fusobacterium nucleatumPeptostreptococcus stomatis という細菌が明らかになりました。これらは以前より進行大腸がんの患者で増加が報告されている細菌で、両者とも口腔の常在菌であり、中でも Fusobacterium nucleatum は有名な歯周病の原因菌の一つです。また大腸がんの発症初期にのみ増加し、早期がんとの関連が示唆される細菌として Atopobium parvulumActinomyces odontolyticus という細菌が特定されました。なんとこの2種の菌も口腔の常在菌でした。

口腔の常在菌の一部(特に歯周病菌)が異所性に腸内で増殖することが大腸がんの発がん、進行に関連するとなると、お口の衛生管理(歯周病治療)が歯周病菌を減らし、腸内環境の改善を介して大腸がんの予防につながるかも、そんな可能性が期待されます。

お口とがん予防

がん予防のためにお口からできること、日頃から口腔内環境を整え、歯周病菌を減らすように心がけることは、大事なことの一つと考えられます。

お口の歯周病菌は、薬(抗生物質)を飲むだけで減らすことはできません。ブラッシングを中心とした日々の口腔衛生管理と、定期的にかかりつけの歯科でケアを受けることが大切です。「最近、歯科チェックを受けていないなぁ」という方は、ぜひ全身の健康のためにも歯科を受診頂ければと思います。

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