COLUMN
2024.01.17

第1回「漢方薬と体の秘密」

上園保仁
上園保仁
東京慈恵会医科大学医学部疼痛制御研究講座 特任教授

皆様こんにちは。日米がん撲滅サミット2020の開催を記念して、今回は漢方薬ががん患者様の生活の質の向上に役立つ、そして、がん治療の助けになるということを皆様にご紹介する漢方セッションを組ませてもらいました。全7回でお送りいたします。

第1回は「漢方薬と体の秘密」を皆様と共に解き明かして参りたいと思います。また第7回はQ&Aということで、皆様からのご質問に答える時間とさせていただきます。それでは皆さまと一緒に楽しんでいきたいと思います。宜しくお願いいたします。

歩み続ける日本の漢方薬

皆様、漢方薬と言いますと、中国の漢方薬という風にお話されることがありますよね。確かに漢方薬というのは中国から伝わってきたお薬なんです。

こちらをご覧ください。

漢方薬、漢方医学というのは、中国起源のお薬、そして中国起源の医学で、漢方薬は中国から伝わった。これは事実です。

 

ところが、中国の医学は中医学、中国の薬は中医薬と呼ばれるジャンルなんですね。日本では江戸時代に、いろいろな先生たちが日本人の特徴、特質、日本の土壌の性質に合わせて、中国から伝わった薬にいろいろな改良をしてきました。その結果、今までずっと脈々と続いているのが、漢方医学であり、漢方薬なんですね。そうすると漢方薬というのは、日本オリジナルの学問、日本オリジナルの薬と言ってもよいと思います。

 

現在西洋医学と呼ばれる医学は江戸時代には蘭方といっていましたが、蘭方と漢方とが融合した学問、まさに和と洋の融合医学が漢方医学で、漢方薬が西洋医学中心の現代でも皆様に役立つという立場になっています。これからその漢方薬が私たちの体でどうやって効くのかということをお話して参ります。

漢方薬と腸内フローラとの密接な相互関係

まず頭の中でお薬の形を思い浮かべて下さい。飲み薬、張り薬、注射、いろいろな処方薬があります。ところが漢方薬を考えてみて下さい。ほぼすべてが飲み薬です。なぜ漢方薬には張り薬や注射がないのか、飲み薬だけなのかということが秘密のひとつなんですね。それを説明していきましょう。

 

実は漢方薬というのは、それ自身では飲んだ後に体の中に入らないんですね。なぜ入らないのか。それは腸から吸収されないからなんです。

 

それがなぜ吸収されるようになるのか。それは、腸には多くの腸内細菌がいて、それらがはたらいているからなんですね。腸内細菌が多くいる部分を腸内フローラと呼びます。皆さんも聞かれたことがありますよね。実はこの腸内フローラにいる腸内細菌が、漢方薬を構成している生薬の成分を食べるんですね。漢方薬は腸内細菌のエサになっているということになります。腸内細菌が生薬成分を食べると、その成分は体に吸収されるようになります。そして代謝され、全身を回るようになるんですね。

 

ということは、漢方薬というのは、腸内細菌とは切っても切れないお薬ということになります。そして生薬成分を食べた腸内細菌はもちろんエネルギーを得ていますから、どんどん元気になる。ということは、漢方薬を飲むと、腸内細菌が元気になり、そのおかげで腸が整腸されきれいになるということにもなります。いわば、体も細菌もウインウインという関係になっているんですね。

 

漢方薬と腸内フローラの関係は密接です。ですから、漢方薬の処方にあたっては、患者さんのお腹の状態を知るということがとっても大事なことです。お腹がどんな状態になっているか、ということを考えながら漢方薬を処方することがとても重要です。

漢方薬が得意な疾患の例と主な役割

私たちは多くの西洋薬を利用しますが、漢方薬も利用します。漢方薬には、むしろ西洋薬よりも得意とする症状、病気があります。また裏を返すと、漢方薬があまり得意ではない、という症状や病気もあるんですね。それらをお示しします。

西洋薬が得意なところは青で、漢方薬が得意とするところは赤で囲っています。たとえば漢方薬がなかなか役に立たない、出番がないという症状や病気には、外科手術、心疾患などがあり、これらは漢方薬の範囲ではないということになります。

 

真ん中に書いてある、神経精神症状であったり、呼吸症状、アレルギーなどの症状や病気は、西洋薬も漢方薬も効く症状、病気になります。 

 

右側に書いてある消化器症状、中でも便秘や食欲不振、それから口内炎や倦怠感、これらはむしろというよりはるかに漢方薬が効く症状、病気です。まさに漢方薬が役に立つという部分ですが、すべてが西洋薬にとって代わる、といったことではありません。漢方薬は西洋薬の効能を補完するといった役目のあるお薬で、それが漢方薬であるという立ち位置をご理解いただければと思います。

がんは集学的治療が主体

次に、がんの治療について考えてみたいと思います。

 

がん治療でまず思いつくのは、外科手術、抗がん剤治療、それから放射線治療だと思います。2018年に本庶佑先生がノーベル賞を受賞されましたけれども、免疫療法が新たに加わりました。免疫療法には現在は免疫チェックポイント阻害剤がありますが、これらを使った治療というのが4本目の柱となっています。

がんは今や集学的治療が主体です。では、集学的治療とは何でしょう。たくさんの治療方法を上手に組み合わせて使うことでがんを治療する。これが集学的治療なんですね。そこにがん治療のひとつとして新しく加わると私が考えているのが漢方治療です。先ほど述べましたが、西洋薬ではカバーできないところを漢方薬がカバーしてくれることがある。そういう意味で、漢方治療も集学的治療の一環として今では考えられるのではないかということです。外科手術などいろいろあるがん治療法のなかで、漢方治療もひとつの地位を占めるのではないかと思います。

高齢者に対する医療への心構え

日本は今や世界一の長寿国ですね。長寿国ということは、若者よりもお年を召された方が多いということになります。今、日本は世界一ですが、さらに高齢化は進むと考えられています。そうすると高齢者に対する医療がとても大切になってきます。

高齢者に対する医療への心構えを表した図ですが、高齢者に対する医療には漢方薬がまさに役に立つということを言いたいのです。健康と病気との間には一定の間がありますよね。健康と病気の間、少し体の調子が悪い状態、それを未病といいます。また高齢者における健康と病気の間、未病を西洋医学的に表すとフレイルという言い方になります。つまり、フレイルは高齢者が病気にはなっていないけれども、健康ではなくて体の調子が若干良くない、健康と病気の間を表します。

 

そこに効く西洋薬があるかというと、病気にはきちんとした処方に基づいたお薬がありますが、健康と病気の間、未病、フレイルの部分にはお薬がない。しかし、ここで大事な働きをしてくれるのが漢方薬なんですね。

未病、フレイルの部分に、漢方薬が役に立つ。この健康と病気の間は、しっかり見守りをし、状況を早く見つけて、病気になる前に早期介入するということが大事なんですが、ここに効く薬として漢方薬があるのではと私たちは考えております。

今回は漢方薬と体の秘密ということで概要をご紹介いたしました。

中国から伝わって日本で育って発展してきた、そんな薬が漢方薬です。

漢方薬はなぜ飲み薬だけなのか。これは腸内細菌が漢方薬を上手に処理して、漢方薬の中の体に効く成分を体内に運んでくれるためということでした。

そして症状や病気には西洋薬が得意なところ、漢方薬が得意なところがあり、漢方薬の方がむしろ効くというところもあります。

それから、がんの治療には手術や放射線治療、抗がん剤治療などいろいろな方法があり、今や集学的治療として、それらのさまざまな手法を総動員して全体的にがんを治そうとしていますが、そこに漢方薬もお役に立つのではないか、漢方薬も集学的治療のひとつとしてあるのではないかということです。

また、高齢化社会では、がんの患者さんも高齢化になりますが、高齢化になればなるほど元気な状態と病気の間を考えることが重要で、その間の未病、フレイルへの対応が重要となります。この部分に漢方薬が役立つのではないかと考えています。

実は現代の科学技術を利活用して漢方薬はかなり科学的に解明されており、がんのこの個別の症状にはこの漢方薬が効く、ということが、まさにサイエンスレベルでわかってきています。

次はそのあたりを一つ一つ紹介していきたいと思います。

どうもありがとうございました。

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