田中克典先生よりご来場の皆様へのメッセージ



田中克典(たなか かつのり) 先生
東京工業大学物質理工学院応用化学系  教授、理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 主任研究員

 私は、大学や研究機関で薬を作る「有機合成化学」を専門とする化学者です。現在、世界中の化学者が、がんを治すために有効な薬を求めて日々努力しています。抗がん剤を開発するときにはまず、その薬の候補化合物を作り(合成)、そして実験室で効くかどうか検討します。もし有効な薬の候補が見つかれば、さらに実験動物を使ってその効果を検証しますが、多くの場合、この段階で開発が止まります。実験室でいくら効果的であっても、その候補化 合物ががん細胞に届かない、あるいは他の正常な臓器にも薬効が働き、副作用が出るなど 様々な要因で開発が止まります。高い効果を持つ抗がん剤を開発すると同時に、体の中で安定に、そしてがん細胞にのみ薬効を働かせなければなりません。
 私達は、生きている動物体内で抗がん剤を作ることにチャレンジしています。これまでのように、薬を体の中に投薬して病気を治すのではありません。抗がん剤の「もと(原料)」となる安全な分子を体内に入れ、直接がん部で薬を作って(合成)、そしてそのがん細胞にのみ薬効を効かせるのです。実際に私達はこの方法を用いて、マウスの体内で様々な抗がん活性物質そのものを合成して治療することに世界で初めて成功しました。
 治療薬だけでなく、診断薬の場合にも同じことがいえます。「がん細胞を光らせて見る」がんの診断薬を開発する場合にも、体内で壊れることなくがん細胞に発光分子が到達し、その現場で強く光らなくてはなりません。この一例として、例えば私達は、乳がんの現地でだけ「光る」画期的な薬を開発しました。乳がんの手術の時に、取り出した組織にこの薬を振りかけることによって、たった数分でがんであるか、そうでないかを確実に判断することができます。乳房を切除する際、広範囲に渡って切除するのではなく、出来るだけ乳房を残したまま必要ながん部だけを取り除くことができます。私達が開発したこの方法は、現在関西を中心に多施設臨床研究が始まり、10%にもおよぶ女性の疾患を救うための技術として、国内外で期待が持たれています。
 私達が名付けた「生体内合成化学治療」という技術により、抗がん活性が弱かったり、副作用に悩まされて治療している時代はなくなり、近い将来、副作用もなく的確にがん細胞のみをターゲットとした新しい薬剤を皆様のお手元にお届けすることができると信じています。世界がん撲滅サミット 2023 in OSAKA で皆様にご紹介できることを楽しみにしています。

●略歴
1996 年~1998 年  関西学院大学大学院博士課程前期課程(理学研究科化学専攻)
1998 年~1999 年  バイエル薬品株式会社中央研究所・研究員
1999 年~2002 年  関西学院大学大学院博士課程後期課程(理学研究科化学専攻)
2002 年 3 月          博士(理学)取得(関西学院大学)
2002 年~2005 年  米国コロンビア大学化学科    博士研究員
2005 年~2012 年  大阪大学大学院理学研究科    助手~助教
2012 年~現在        理化学研究所開拓研究本部    准主任研究員~主任研究員
2019 年~現在        東京工業大学物質理工学院応用化学系    教授
         (理研   主任研究員とのクロスアポイントメント)

(兼任)
2012 年~現在        埼玉大学大学院理工学研究科    連携教授
2014 年~2022 年   ロシアカザン大学化学科    教授
2017 年~2022 年   理化学研究所・マックスプランク連携研究センター グループリーダー
2017 年~2022 年   理化学研究所産業連携本部イノベーション推進センター
          糖鎖ターゲティング研究室    副チームリーダー
2019 年~2022 年   東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科    連携教授
 
●主な受賞歴
2002 年  第 2 回天然物化学談話会奨励賞
2004 年  第 46 回天然有機化合物討論会奨励賞
2009 年  Synthesis-Synlett Journal Award
2010 年  第 13 回日本糖質学会奨励賞
2011 年  有機合成化学奨励賞
2015 年  米国化学会 Division of Carbohydrate Chemistry, Horace S. Isbell Award
2018 年  第 15 回日本学術振興会賞
2019 年  第 37 回日本化学会学術賞
2022 年  「アステラス病態代謝研究会」最優秀理事長賞
2022 年   第 15 回有機合成化学協会企業冠賞「カネカ・生命科学賞」

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