
名古屋大学 名誉教授
名古屋セントラル病院 院長
医学博士
膵頭部癌に対する基本的な手術術式は膵頭十二指腸切除術(PD)であり、1940~1950年代に完成され、私が医学部を卒業した1973年の頃は「膵癌の診断」イコール「死の宣告」の時代であった。
またPDは術死率も高く、難易度も高い手術であった。膵頭部癌は容易に門脈(腸管や膵・脾臓の血流を肝臓に送る血管、1分間に約1リットルの血液が流れる)に浸潤し、「門脈に浸潤した癌には手を出すな」と言われていた。
早期診断法はなく、進行癌で発見され切除術も困難で、また診断時は遠隔転移を伴うものも多く膵癌手術切除率は極めて低かった。局所進行癌で切除困難な理由の一つは、門脈の合併切除再建があった。
当時、安全な門脈遮断法は確立されていなかったし、血管外科に習熟している消化器外科医はほとんどいなかった。私は門脈の安全な遮断法として血液の凝固しない人工材料より管を作成し、門脈血を門脈遮断中バイパスする門脈カテーテルバイパス法を1981年に開発した。
この手技によって門脈遮断は時間的制約から解放されて、門脈は安全に切除再建可能となった。そして切除率は上昇したが尚、術後も再発で死亡するものが多かった。さらにメセンテリックアプローチという手術手技を1992年に開発し、膵癌へ流入する動脈をすべて結紮切離後、膵癌より流出していく静脈をすべて結紮切離して癌を取り除くという、癌には触れないで最小限の出血で癌細胞を術中に血中へ揉み出さない手術(mesenteric approachによるnon-touch isolation下の膵切除術、isolated PD)が完成した。
これらの手術手技の開発によって局所進行癌も安全に切除できるようになってきたが、この手技には熟練を要する。切除率は上昇したが膵癌の治療成績は著明な向上を認めなかった。しかし最近の抗がん剤の進歩により、術後抗がん剤を使用した補助化学療法で、切除後の成績は向上がみられるようになった。
また従来、切除不能とされてきた局所進行癌に対しても術前に抗がん剤や放射線療法を加えることにより切除術に至るという、conversion surgeryが適応される症例も増加してきた。このように外科手術の進歩はいうまでもないが、手術に加えて各種補助療法を加味することにより、膵癌の外科治療成績は向上しつつある。
膵癌外科治療経験40年の変遷を振り返り、過去、現在、未来の外科治療について述べてみる。
『世界がん撲滅サミット2023 in OSAKA』ご来場の皆さんのご質問を心よりお待ちしている。
●略歴
昭和23年1月 岐阜県恵那市生まれ
昭和41年3月 岐阜県立恵那高等学校卒業
昭和48年3月 名古屋大学医学部卒業
昭和48年4月 愛知県尾西市民病院外科研修
昭和50年7月 岐阜県立多治見病院外科勤務
昭和55年7月 名古屋大学医学部第二外科 帰局 肝臓研究室所属(肝・胆道・膵外科)
昭和58年8月 名古屋大学医学部第二外科文部教官助手
昭和62年4月 名古屋大学医学部第二外科文部教官講師
平成元年9月 米国ピッツバーグ大学外科留学
平成2年7月 名古屋大学医学部第二外科文部教官講師に復職
平成4年3月 名古屋大学医学部第二外科助教授
平成11年2月 名古屋大学医学部第二外科教授
平成18年5月 名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学教授
平成23年3月 名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学教授退任
平成23年4月 名古屋セントラル病院院長就任、現在に至る。
膵癌を中心とした消化器悪性疾患の診断、外科治療に従事。腫瘍マーカー、癌免疫組織化学、癌遺伝子診断と治療、肝移植、血液凝固、エンドトキシン、抗血栓性材料、ヘルペスウイルスを用いた癌治療等の研究を手掛けてきた。とくに膵癌手術において、1981年に抗血栓性門脈バイパス用カテーテルを開発、門脈カテーテルバイパス法を考案。
1992年にはMesenteric Approach(腸間膜到達法)など多くの新手術術式を確立してきた。
難治癌と言われる膵癌手術において手術成績の向上をもたらし、外科治療分野への著しい貢献を果たしている。
門脈バイパス用カテーテルは、医学における歴史的意義を有し、科学技術の進歩に貢献する医科器械として認められ、財団法人日本医科器械資料保存協会の医科器械史研究賞を受賞(2008年)、また、癌に対する外科治療の功績が認められ第19回一般社団法人日本癌治療学会中山恒明賞を受賞した(2013年)。
臨床活動の他、日本外科学会、日本消化器外科学会、日本消化器病学会、日本癌治療学会をはじめとする外科系や癌治療に関する国内の多くの主要学会で理事、評議員等の役員を歴任。第110回日本外科学会定期学術集会会頭、第41回日本膵臓学会大会会長を務めた。
海外でも業績を認められ、タイ王立外科学会(Royal College of Surgeons of Thailand (2008))、エジプト外科学会(Egyptian Society of Surgeons (2010))、ヨーロッパ外科学会(European Surgical Association (2011))、フランス外科学会(French Surgical Association (2011))、スペイン外科学会(Spanish Society of Surgeons (2015))、セルビア外科学会(Serbian Medical Academy (2016))等から名誉会員の称号を授与された。
平成30年10月には第104回米国外科学会(American college of surgeons)において日本人として17人目の名誉会員に選出された。
現役外科医として外科治療に、また若手外科医への手術指導に積極的に従事している。現在、名古屋大学在籍中に開発したMesenteric Approachが、従来の手技に比較して膵癌術後の生存率に優位性を認める研究結果が発表され、さらなる検証を行うべくMAPLE studyとして多施設合同臨床試験が進められている。